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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)482号 判決 1973年5月31日

控訴人

株式会社宮崎箸店

右代理人弁護士

古川太三郎

外二名

被控訴人

フタバ食品株式会社

右代理人弁護士

古沢昭二

外一名

主文

原判決を次のように変更する。

被控訴人は控訴人に対し金一七〇万円およびこれに対する昭和四五年一二月二日から支払ずみまで、年五分の金員を支払うべし。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

この判決は、第二項に限り控訴人において金五〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

控訴会社は日用品雑貨卸を業とする会社であり、被控訴会社は食品製造販売を業とする会社であることおよび本件物品(フードボックス五、〇〇〇個、Sカットパンケース二、〇〇〇個)が控訴会社から被控訴会社に直接搬入されたことについては当事者間に争いがない。

そこで本件物品について如何なる契約関係が成立していたかについて審究するに、<証拠>を総合すると次の事実を認めることができる。

昭和四五年六月の初ころに、訴外喜多屋産業株式会社の北村直正から控訴会社(その扱い者は同社員宮崎尹男)に電話でフードボックスとパンケースを購入したいとの申出があり、その後北村が来店し、本件物品の価格を聞き見本を持ち帰つた。それから三、四日後にフードボックス五、〇〇〇個を単価金四四二円で、パンケース二、〇〇〇個を単価金九七円五〇銭で購入することに決められたが、その時の話合いでは窮局の購入者は被控訴会社で、物品は控訴会社から被控訴会社に直送し、代金は被控訴会社が支払い、被控訴会社は仲介者である喜多屋産、業にはリベートを支払うというようなことであつた。控訴会社にとつて喜多屋産業も被控訴会社もはじめてであつたので、同月一〇日ころ控訴会社はその取引銀行を通じて被控訴会社の信用調査をした結果、被控訴会社は年商何億という会社で三、四〇〇万円の取引ならまちがいないとのことであつたので、十分支払能力ありと判断して、被控訴会社に本件物品の直送の手続をとることとなつた。ところで、宮崎は右直送の手続に入る直前に、念のため、北村から被控訴会社の担当者として知らされていた同社営業部次長川島央に電話で、「このたびは品物を納入することになり、ありがとうございます。」と述べ、本件物品を被控訴会社が購入するのは真実であるかをただし、かつその代金の支払いについてたずねたところ、被控訴会社が本件物品を購入するのは事実で、被控訴会社の代金の支払は毎月二〇日締め切りの翌月五日払い、手形サイド、四か月という返事であつたので、同月一一日から同月二五日までの間に本件物品を前記の代金(総額金二四〇万五、〇〇〇円)で名古屋にある本件物品のメーカーから直接宇都宮の被控訴会社本店と東京支店の両方へ分けて送らせた。本件物品の取引については控訴会社から被控訴会社に宛てた納品書も請求書もその原本はもとより写しも提出されていない。ところが本件物品の発送が六月二五日ころまでかかつたため、宮崎が川島に電話したところ、本件物品の納入がおくれ、かつ伝票がまわつて来ないとの理由で七月五日の支払はできず、翌月まわしになるという返事であつた。そこで八月五日に川島に代金の支払を電話で催促したところ、川島は直ちに支払うとはいわず、その件については東京で会おうというので、八月二五、六日ころ、東京都四ツ木の喫茶店で三、四〇分話をした。その際、宮崎は川島に対し本件物品の代金を支払つてもらいたいと述べたところ、被控訴会社としては喜多屋産業に対する債権が回収不能になつているので支払いはできないということであつた。そのあと、宮崎は川島と同道して、松戸にある喜多屋産業の事務所兼北村の住居であるアパートを訪ねたが不在であつた。これより先き被控訴会社と喜多屋産業との関係は前者が後者に対しその商品を販売するという関係にあり、被控訴会社は昭和四四年一一月初旬から昭和四五年三月ころにかけて自己の商品である栗、さくらんぼ等の缶詰を売渡し、一部代金の支払を受けてその売掛金残額六一〇万六、五〇〇円となつていたが、喜多屋産業はその後経営不振のため昭和四五年四月初旬ころ手形の不渡を出して倒産し、右債務の支払をすることができず、商品代として交付してあつた手形については被控訴会社は北村の求めにより一応、その支払延期を承認した。その後喜多屋産業と被控訴会社との間で、喜多屋産業において第三者から商品を買つてこれを被控訴会社に納品し、これにより前記売掛金債務の決済をする旨の話合がなされ、被控訴会社から喜多屋産業に宛てて昭和四五年六月一日付で注文書が発行されたが、これによれば、(一)フードボックス、数量五、〇〇〇個、単価金四四二円、総額二二一万円、(二)パンケース数量二、〇〇〇個、単価金九七円五〇銭、総額金一九万五、〇〇〇円、(三)赤まむし、数量四万本、単価金四五円、総額金一八〇万円、(四)近代栄養アスパットゴールド、数量二万本、単価金六〇円、総額金一二〇万円、以上総計金五四〇万五、〇〇〇円の注文がなされており、喜多屋産業から被控訴会社に宛てて、同年七月二日付で右注文書記載の物品から赤まむしを除く物品の納品書が発行され、同月同日付で右納品書記載の物品について、請求書が発行された。右納品書および請求書によれば、本件物品のうちフードボックスは六月一二日に一、〇〇〇個、同月一七日に二、〇〇〇個がいずれも宇都宮の本社へ、同月一七日に一、五〇〇個が東京支店(営業所)に、同月一八日に五〇〇個が宇都宮の本社に納品されており、パンケースは同月二四日に二、〇〇〇個全部宇都宮の本社に納品されている。しかして、被控訴会社の喜多屋産業に対する前記六一〇万六、五〇〇円の売掛債権は昭和四五年八月二四日付で、本件物品の売買代金を含む六〇四万五、二〇〇円の売掛金(本件物品代二四〇万五、〇〇〇円、アスパットゴールド代一二〇万円、電子計算機代二四四万二〇〇円)と相殺され、納入商品代一部支払額八〇万円を控除して売掛債権残額八六万一、三〇〇円については、訴外株式会社協進社が喜多屋産業に代つてこれを割賦弁済する契約が成立し、現在においては被控訴会社は喜多屋産業に対してはもはや債権を有しなくなつている。以上の事実が認められる<証拠判断省略>

右に認定の事実によれば、控訴会社は本件物品の売買契約を締結するさいに本件物品の買主を被控訴会社としていたものであることがうかがえるが、被控訴会社としてははじめから喜多屋産業から本件物品を購入することとし、喜多屋産業はこれを控訴会社から購入することとしていることは明らかであり、控訴会社から被控訴会社に宛てて納品書や請求書が発行された形跡を認めることはできないから控訴会社と被控訴会社との間に直接売買が成立したものと認めることはできない。また控訴会社は喜多屋産業ないし北村を仲介人として本件売買をしたものと認識していることは前記のとおりであつて、これを権限の有無はともかく被控訴会社の代理人としてこれとの間に売買契約をしたものと認めることも困難であるから、表見代理もしくは無権代理追認によつて被控訴会社との売買の成立を認めるのも相当でない。従つて被控訴会社との間に本件物品につき有効に売買契約が成立したことを前提とする控訴人の主張は理由がない。

よつて控訴人のその余の主張について判断するに、前掲挙示の証拠および前認定の事実をあわせればさらに次の事実を認定することができる。すなわち

(一)  従来被控訴会社と喜多屋産業との関係は食品販売業である被控訴会社がもつぱらその商品を喜多屋産業に販売するという関係で、喜多屋産業からなんらかの物品を購入することは本件以前にはなかつた。

(二)  被控訴会社の喜多屋産業に対する販売の担当者は被控訴会社の営業部の金田守男であつたが、その売掛金の一部支払があつた後喜多屋産業の倒産により売掛代金残額六一〇万余円がこげつきとなつたため、その後は被控訴会社は喜多屋産業への商品販売を中止し、その売掛代金の回収をはかることとし、この種債権管理を任務とする営業部次長川島央がこれを担当するにいたつた。

(三)  被控訴会社においては当時右こげつきを生じたことは担当者の失敗であるが、その回収方については喜多屋産業のあつかい商品を大量に買うことによつて行いうるとの旨が上司に報告されて、その方針がとられることになつた。

(四)  喜多屋産業は控訴会社から本件物品の価格、数量をきき、全くそれと同一の代金および数量を被控訴会社に納入販売しており、少くともその点で喜多屋産業の利得すべき値幅やマージンはうかがえないし、被控訴会社がこれにリベートを支払うことについては、約束もなく支払の事実もない。

(五)  被控訴会社の代金支払方法は毎月二〇日締め切り翌月五日払でありながら、本件物品の納入が一部六月二〇日後に及んだためとはいえ、被控訴会社では同年七月五日はもとより、八月五日になつてもその支払を、現金はおろか手形によつてもしようとはせず、控訴会社の請求に対しその支払については東京で会うとして控訴会社の宮崎と被控訴会社の川島とが会つたさい、川島は喜多屋産業には貸しがあるから支払ができないといい、北村はまだエアゾールその他の商品をもつているから、控訴会社もそれで取つたらどうかなどすすめた。

(六)  そのあとで被控訴会社は前記のとおり喜多屋産業との間で相殺し、控訴会社は本件物品の代金の支払がえられず、損害をこうむつた。

以上の事実によつて考えれば、被控訴会社の担当者川島央は当初から喜多屋産業に対する前記売掛金残額六一〇万余円の回収のため、喜多屋産業をしてあらたに他から商品を購入せしめ、これをさらに被控訴会社で購入し、その購入代金とさきの売掛代金残額とを相殺することを企図し、前記のように喜多屋産業をして本件物品を控訴人から購入させ、これをさらに被控訴会社において購入し、予定のとおりその代金とさきの売掛代金残額とを対当額で相殺して同額の回収に成功したものであつて、これら一連の行為の過程において喜多屋産業はすでに倒産して無資力であり、これが他から商品を購入し被控訴会社がさらにこれを購入することとしても、被控訴会社がその代金を現実には支払わず旧債と相殺すれば、喜多屋産業はその購入先きの控訴会社への代金支払ができず、控訴会社は損害をこうむるにいたるべきことは十分予見し、少くとも容易に予見しうべかりしはずであつて、しかもはじめての取引である控訴会社が喜多屋産業よりも被控訴会社の資力信用に重きを置き、被控訴会社が窮局の購入者であることに信頼することを知りながら、控訴会社の照会に対して旧債回収のため相殺の意図あることを秘匿し、たんに被控訴会社が本件物品を購入するのは事実である旨申向け、その結果控訴会社をして右取引はなんら懸念のないものと誤信せしめて本件物品の販売をなさしめ、その代金の支払がえられず、損害をこうむるにいたらしめたものであると認めざるをえない。

右認定を裏付ける事情としてさらに次の事実を挙げることができる。すなわち<証拠>によれば、昭和四五年七月一八日ころ、訴外ドラゴン株式会社は被控訴会社に喜多屋産業を通じて電子計算機を販売することになつたが、その際被控訴会社の前記川島は、電子計算機を二〇台ほど購入するのだが被控訴会社はドラゴンとの間に従来取引口座がないから帳簿上喜多屋産業を通じて販売して欲しいこと、購入価格は定価の二割引で代金は毎月二〇日締め切り翌月五日払いで被控訴会社が支払うこと、北村には一台につき金五、〇〇〇円の仲介料を渡すことという条件を示したので、ドラゴンは右の条件に従い同年八月二一日に電子計算機二一台を被控訴会社に納入し、被控訴会社は同月八日付で喜多屋産業に対し東芝電算機トスカル、数量二〇台、単価金一一万六、二〇〇円、計金二三二万四、〇〇〇円の注文書を差入れた。ドラゴンは被控訴会社に対し内金(手付金)を請求したところ、喜多屋産業の北村から被控訴会社振出の金五〇万円の小切手を渡されたので、手数料として金一〇万円を北村に渡した。そして九月一〇日に被控訴会社に集金に行く予定であつたところ北村から、川島の意向で、ドラゴンの納品が八月一二日になつたため支払は一〇月一〇日にする旨連絡があつたので、島田が川島に直接確かめたところ納品書がまだ入つていないので一〇月一〇日に支払うとの返事であつた。一〇月九日になつて川島に電話をしたところ、ドラゴンの勘定は被控訴会社の喜多屋産業に対する売掛債権とすでに相殺したということであつた。島田は驚いて同月一二日に被控訴会社におもむき確めたところ、八月二四日に相殺になつていることを知つた(前記の相殺金額六〇四万五、二〇〇円中の電子計算機単価一一万六、二〇〇円計二四四万〇、二〇〇円はこれである)、以上の事実を認めることができるのである。この事実によればむしろ被控訴会社の川島が喜多屋産業に対する債権回収のためにドラゴンを欺罔して右計算機を騙取したといつても過言でないであろう。

しからばこのように自ら資力信用のある会社が倒産した取引先に対する売掛金債権を回収するため、取引先をしてあらたに第三者から物品を購入せしめ、その物品をさらに自己において購入し、その購入代金をもつてさきの売掛金債権と相殺することとし、このように相殺すれば右取引先の第三者に対する購入代金の支払ができず、そのため右第三者が損害をこうむるべきことを予見しもしくは予見しうべかりしにかかわらず、右第三者の照会に対して右相殺の意図あることを秘し、自己が窮局の購入者である旨回答し、その結果第三者が右取引に懸念なしと誤信して物品を販売し、結局損害をこうむるにいたつたときは、これをどのように評価すべきであろうか。

もとより会社の右のごとき債権回収の実を挙げ、会社の利益を図ろうとする行為は、そもそも、各人は経済活動の自由を保障されており、債権者は相互に平等であるから、これによつて結果として他人に損害を与えるようになつたとしても、それは自由競争の必然の成行で、優勝劣敗、早い者勝ちの取引社会の常であるから、そのことのみを理由として、その責任を問うて、みだりにこれを抑圧すべきではないであろう。またいわゆる生き馬の目を抜く経済競争の場にあつては、経済上のかけひきや術策と不法行為とは紙一重の状態にあることも否定することはできない。しかしそれもおのずから限度があり、このような取引社会においても信義誠実の原則に反することは許されず、権利の濫用は禁止されなければならないのである。自己の経済上の利益を図ることに急なるの余り、善意の第三者が、本来その事情を知つたならば抑制するであろうような取引をし、それによつて損害をこうむる結果となることを予見しもしくはたやすく予見しえたはずであるのに、あえてその事情を秘して右取引をなさしめ、第三者の経済的利益を侵害するようなことは信義則に反する不当なものといわざるをえない。

いわんや取引の相手方の倒産による損害の如き、いわば自己の不明に基因する損害として自ら負担すべきものを、あらたに善意の第三者をして取引に入らしめ、これにしわよせしてその損害においてこれを回復するが如きは、一般に資力に乏しい相手方の資産からいち早く自ら債権の満足をえ、ために他の債権者が遅れをとるというが如き場合とは質的に異なるものであつて、もはや社会的妥当の域を超えるものというべきである。そしてこのような信義誠実の原則に反し、社会的妥当の域を超える行為は、それ自体違法性を帯有するものと断ぜざるをえない。

しからば本件における被控訴会社の川島の前記行為は信義則に反し社会的妥当の範囲を超えるものというべきことは明白であるから、結局川島には不法行為の責任があるものといわなければならない。しかして、同人の行為が被控訴会社の事業の遂行として行なわれたものであり、右取引がその職務の範囲に属することは自明であるから、被控訴会社はその事業の執行につき控訴会社に加えた損害を賠償する義務がある。

ひるがえつて前認定の諸事実によつて考えれば、控訴会社が右損害をこうむるにいたつたことについては、控訴会社にもまた一班の責任なしとしない。すなわち控訴会社は本件物品の販売にあたりいたずらに大量の注文に眩惑されてその相手方をたやすく被控訴人であると誤認し、喜多屋産業の北村の言を軽信し、喜多屋産業と被控訴会社との従来の関係を調査せず、いわんや喜多屋産業の倒産を認識せず、被控訴人に対しては直接納品書、請求書等を交付せず、窮局の購入者が資力信用のある被控訴人であることに頼りすぎ、一回の代金支払を受ける間もなく大量の本件物品を短期間に納入した等の点で軽卒である。当時控訴人がこれらの諸点について慎重に点検して行動していたならば、その損害はあるいは避けられ、少くとも減少していたはずである。そしてその過失の結果に寄与した割合はおうむね三割と評価するのが相当である。

されば被控訴人は控訴人に対して本件物品代金相当額である金二四〇万五、〇〇〇円のおうよそ七割にあたる金一七〇万円およびこれに対する本件不法行為の後で本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四五年一二月二日から支払ずみまで年五分の金員を支払う義務があるが、その余の義務のないことが明らかである。

よつて控訴人の本訴請求を右の限度で正当として認容し、その余を理由のないものとして棄却し、これと異なる原判決を右の限度で変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第八九条を執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(浅沼武 杉山孝 園部逸夫)

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